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ゼンマイ仕掛けのロボットに、時限爆弾の形のキャンディーケース。
背中に乗れるくらい大きいキリンはお気に入りで、絶対必要。
ファウストが人間界から買ってきてくれたパンダも絶対で、本当はパンプキンヘッドの人形も持って行きたいけれど、向こうはハロウィンの季節ではないから、それはナシ。
UFOの形のぬいぐるみも持っていく。UFOとは、ええと。

「アナイデンティファイド・フライング・オブジェクト……未確認飛行物体、
だっけ?」

呟いて首をかしげ、笑う。

「未確認で飛行しているものなんか、たくさんあるのに」

宇宙人は見たことはないけれど、もっともっと人間には確認できないものが、夜空にはひしめいているのだ。
それなのに、こんなボウルのようなものだけが未確認飛行物体だなんて笑わせる。

「でもすごい想像力だなあ、こんな大きな機械が動くなんて」

巨大ロボットを模したおもちゃを床に歩かせて、ジョシュアはまた微笑んだ。

「えい」

つん、と押した指の先で、ロボットが倒れる。けれど、一回転して立ち上がる。
人間はどうして魔力も使わずこんなものが作れるのだろう? 手近な人形にその辺の魔物の魂を封じて、ゴーレムに仕立てることは簡単だけれど、何の魂も使わずにこんなおもちゃを作れるなんて、驚きつつ感心してしまう。

「やっぱりこれも持って行こうかなあ。うん、そうしよう。置いて行ったらかわいそうだし」

いっそこの部屋の中身を全部持って行ってしまおうか、とそんなことをジョシュアは思う。
どれをとっても大切なおもちゃなのだから、置いて行くのは嫌だし、つまらない。

と、その考えがノックの音で中断された。

「ジョシュア、入るぞー」

ノック直後に入ってきたのはアロンで、おもちゃの山にうずもれたままのジョシュアを見て、眉をひそめる。

「おいおい、まだこんな状態なのか? 明日行くんだぞ」
「だって、選べないもん。
全部持っていくことにしようって決めたとこー!」

にこっと笑ったジョシュアにアロンは肩をすくめ、ジョシュアのすぐ近くのスツールに腰をおろした。

「それはやめといた方がいいぞ」
「どうして?」
「そりゃ決まってる。こっちから全部そろえていくより、向こうで新しいおもちゃを買った方が楽しいからだよ」
「あ……!」

目を丸くして、ジョシュアはアロンを見返した。そして大きく頷く。

「そうか、そうだよね! うん、そうする!
でもここに出してあるトイは持って行くけど!」
「……結局持ってくのか」

笑ったアロンの足元から、カーペットに座ったジョシュアがアロンを見上げる。

「ね、人間界ってどんなとこかな?」

その問いに、アロンは言葉に詰まった。考え込みつつ口を開く。

「……『太陽』っていうのがあって、人間がたくさんいて、魔物はいなくて……あとは、ええと……うーん」
「あれ、もしかして、人間界に行ったことはないの?」
「……ほとんどない。ごめん。
ミハイル兄さんやファウストの兄貴はあるようだけど、オレは長期滞在したことはないんだ」
「なーんだ、色々聞こうと思ったのに」
「ごめんな」
「ファウストは人間の女の子の話しかしないし、
ミハイル兄さんは人間界のことあんまり教えてくれないんだもん」

ジョシュアが拗ねると、アロンは困ったようにジョシュアの頭を撫でた。

「ミハイル兄さんは仕方ないさ。もともと口数少ないし。
オレの聞いた話だと、明日から滞在する町は海のそばらしいから、海でも遊べると思う。
向こうへ行ったらたくさん遊ぼうな」
「うん、遊ぶ!」

ジョシュアは本や写真などで、海がどういうものかは知っている。
こちらには海に属する魔物も多くいるから、彼らの話から想像もつく。けれど実際に目にしたことはない。
海だけではなく、人間界について、ジョシュアは見たことのないものが大半だ。それらを見たり、触れたり、遊んだり、味わったりすることを思うと、楽しみで仕方がない。こちらとはいったいどれほど違うのだろう?
何より驚かされることに、町を歩いているのは人間一種族だけなのだ。
それはジョシュアには本当に信じがたい事実だった。
会話できる生き物がたった一種類だなんて、人間界を作った神とやらは手を抜きすぎではないだろうか?

「じゃ、とにかく、今夜中に準備は終わらせるようにな。
あとでまた見に来るからさ」

アロンはもう一度ジョシュアの頭を撫でて、立ち上がる。

「あ、そうだ。今夜はミハイル兄さんに近寄るなよ。ちょっと荒れてる。
できればファウストの兄貴もそっとしといてやってくれ。説教明けで、ぐったりしてると思うから」
「え……二人とも?」
「二人とも。今夜だけでいいからさ、じゃあな」

言うだけ言って、アロンは部屋から出て行った。
閉まる扉を見つめ、腕の中の象のぬいぐるみに顔をうずめて、ジョシュアはぼやいた。

「ちぇー。つまんないのー」

隙あらば二人のところに行って、自分の荷物に入りきらないトイを二人の荷物に混ぜてしまおうと思っていたのに。

「まあいいや。アロンの荷物に混ぜちゃえ」

うんうん、と頷いて、ジョシュアはばふっと体を倒しその場に寝ころんだ。

「別荘の管理人の子って、どんな子かなあ……。
このお人形たちみたいに、可愛い子だといいなー。
美味しい血だともっといいなー」

ファウストやミハイルは多少前情報を与えられているようだったが、ジョシュアは管理人の少女について、まだ何も知らない。
できれば、友達になりたい。人間で初めての友達だ。それはとても特別だと思う。
もちろん、友達としてだけじゃなくても構わない。

「……あ、でもそっか。人間ってあっという間に死んじゃうんだっけ」

唇に手を当てて考える。
人間の寿命はとても短い。
魔族に比べると、とてもとてもとても短い。
もちろん魔族の中にも、あっという間に死んでしまう者もいるけれど、それでも何百年と生きる者が大半だ。

「んー、じゃあ、好きにならない方がいいかなあ」

目を閉じて呟いて、笑った。

人間の女の子と恋をするのは、少し楽しそうだな、と思ったのだけど、それはやめておいた方がよさそうだ。
それに実際のところ、ジョシュアはまだ恋を知らない。
他の兄弟達……ファウストは言わずもがな、あのミハイルでさえ、それなりに恋愛をしてきているようだが、ジョシュアには「お気に入り」と「恋人」の違いがわからない。

気に入ったら傍に置けばいいし、気に入らなくなったら捨てればいい。それだけのことだと思っている。現に、その程度のことは幾度もしてきた。
そのたび、アロンは渋い顔をするし、父からも、そういう態度はあまり褒められたものではないと苦言を呈される。けれどジョシュアは、自分の外的年齢から、まだその程度のわがままは許されると知っていた。

「すっごく可愛い子だったら、少しくらい大切にしてあげてもいいかなー」

ふふ、と微笑んで、ロボットの頭を強くはじく。
ロボットの頭が、コロンと床に転がり落ちた。


────END