『賑やかな部屋』




最近の私、なんだか物忘れが激しいみたい。

家の掃除をしたのは、いつだったかな?
3日前? 1週間前? それとも10日前だったかな?

「……そんなわけないじゃないのよっ!!」

自分を誤魔化すにしても、無理がありすぎる。
だって、この私が、朝起きるのがとっても苦手なこの私が、今朝は1時間も早く起きて家中の掃除をしたばかりなのに。

「なのに……、学校に行ってるたった数時間で、この散らかりようはなんなのよー!」

思い切り叫んだ後、ため息をついて部屋中を見渡す。

腕が一本取れたロボットに、どこかの銭湯のものらしき穴の空いた木の桶、表紙の取れてしまった絵本、空気が抜けたボール。

半分意味を失ったガラクタ達が、床一面に無造作に置いてある。

壁にかかったダーツの的には、飴やチョコレートのおまけについてくる戦隊ヒーロー物のカードがぺたぺた貼ってあった。

そう、ここはロイの部屋。
毎日、毎日、私を悩ませる、3人の魔物のうちの1人。

とんがり耳にふさふさな尻尾が自慢のウルフだけど、狼っていうよりは、犬に近いように見える。

だって、ちょっと目を離した隙に、どこからか『宝物』を拾ってきては自分の部屋に貯め込んでいるんだもの。

一度、黙って捨てちゃったら、その日は……怒って部屋に閉じこもるならまだしも、本気で泣きながら抱きついてきて、なかなか離れてくれなかったのよね。

「でも、このままにしておく訳にもいかないし……」

屋根裏の小部屋はすでに、ロイの宝物でいっぱいになっちゃってるし、そろそろ捨ててもらわないと置き場所がない。

ロイも、他の二人を見習ってくれればいいのに。
フロリアはあれでいて綺麗好きだから、部屋はいつも整頓されているし、ユーゴは散らかす程、物がないものね。

「よし、今日は本人にも手伝わせて、捨てよう!」

さっきから裏庭でボールを蹴る音が聞こえているけど、あれは絶対にロイね。

私は廊下に出て、裏庭に面した窓を開けて叫んだ。

「ロイー! いるんでしょ? ロイー!!」

「おうっ、ここにいるぜ!」

威勢のいい声が聞こえる。

「ちょっとロイの部屋まで来てー! 話があるの!」

……
…………あれ? 返事がないわね。

もしかして、ガラクタを捨てようとしていること、勘付かれちゃったかな?

ダッダッダッ

凄まじい勢いで、階段を登ってくる音が聞こえてきた。

誰だか確認するまでもないわね。だって、あんなに騒がしい足音、ロイしかないもの。

「かなたーーーーー!!!!」

がしっ!!

「きゃああ、いきなり、何するのよ〜!!」

その、すぐに抱きつく癖、本当にやめてよね!!

私は思い切りロイを突き飛ばした。

だけれどロイは、そんなことはお構いなしに、目をキラキラさせながら、お尻から飛び出た尻尾をふりふりさせている。

「……上機嫌ね」

「あったりまえだろ!」

「これから私が話そうとしていること、わかってるの?」

「おう! だからこうやって飛んできたんじゃねーか」

うーん、絶対誤解してるわよね。

本人にとってはいい話じゃないのに、こうやってにこにこされちゃうと、どうやって切り出せばいいか悩むじゃない。

私が最初の一言を見つけられないでいると、ロイはさらに何かを誤解したみたい。

「へへ、そうやってもじもじしているお前も可愛いなあ」

「え?」

「二人きりで話がしたいって自分から言っておきながら、照れてるなんてなあ。
ほんと、お前って可愛い!」

わ、私、そんな言い方してないんですけど……。

「でもな! 怖がらなくたっていいんだぜ! 俺の返事なんて決まってるんだからさ! オッケー、それも100%オッケーだぜ!」

あー……やっぱり、そう勘違いしちゃったのね。

でも、この流れはある意味いいチャンスかも。

ゴメン、ロイ、ゴメンね!!

「よかったー! 断れちゃうんじゃないかって、ドキドキしてたの。
でも、ロイがOKなら何の問題もないわね」

うんうん、とロイが満足げに頷く。
そして両腕を広げ……私が抱きついて行くのを待ってるのよね、たぶん。

ああ、ちょっと罪悪感。
でも、ここで仏心を出したらダメよね。

「ロイ、私の気持ち受け取って!!」

「どかんと来い!!」

どかーん

「うわっ、うわわわわっ、なんだよ、コレ!」

私は自分で掴めるありったけのがらくたを持つと、それをロイに無理やり持たせた。

「さ、本当に必要な物と、いらないものとを分別していきましょ! で、いらないものは捨てる」

「な、な、なんだよ、それ!! ぜってーにやだ、どれ一つだって捨てないからな!」

「……今、オッケーって言ってくれたのに……?」

「あ、あれは、お前が俺に告白すると思ってだなあ」

「オッケーって言ったのに……、ロイ、私に嘘ついたんだ……」

「………………ちくしょー! わかったよ、だから、そんな顔するなって!!」

ロイは観念したのか、やけくそになったのか、がらくたを抱いたまま自分の部屋に飛び込んで行った。

ちょっと心が痛むけど、背に腹は変えられないものね。




「この空気の抜けたボールは?」

「いる」

「何に使うの?」

「踏んで遊ぶ」

「はい、いらないわね」

「おいっ!」

「こっちのビー玉は?」

「いる」

「何に使うの?」

「太陽に透かして見ると、キラキラしててすげー綺麗なんだ」

「はい、捨てるわね」

「ま、待てよ!」

「この缶は?」

「中にどんぐりがいっぱい入ってるんだぜ!」

「……いやあっ、変な抜け殻みたいなのまで入ってる〜! 絶対に捨てる!!」

「お、おい〜!!」

こんな調子で1時間余り。

部屋の中はすっかり綺麗になったけれど、代わりにゴミの袋が2袋にもなっちゃった。

ここでこの調子だと、屋根裏はどうなちゃうのかしら。

ちらりとロイを見ると、尻尾をうな垂れてすっかりしょげちゃってる。

「賑やかだね」

騒ぎに気が付いたのか、フロリアが顔を覗かせた。
フロリアは基本的には昼夜逆転の生活をしているけれど、昼間もずっと寝ているわけじゃないみたい。

丸一日起きていることもあれば、逆に朝も夜も関係なく寝ている時もあるし、ようは不規則なのよね。

でも、セイレーンの一族って、みんなそんな生活を送っていて、フロリアだけが特別じゃないんだって言ってた。

「いいところに来てくれたわね、これから屋根裏の整理をしようとしているんだけど、手伝ってくれない?」

「それに対する報酬は何かな? 今晩、僕のベッドにそっと潜り込んできてくれる……とか?」

すりっ

フロリアが妖しい手付きで私の頬をさする。
私は胸元からちらりとペンダントを覗かせながら、思い切り笑顔で答えた。

「痛い思いをしたい?」

「……ふう、やれやれ、君には敵わないね」

ふふ、人員1人確保。

「……かなたさん……」

「きゃっ!!」

気配もなく後ろに忍び寄ってきて、いきなり抱きつくのはユーゴね。

「おやつの、時間、だよ……」

言葉の間がちょっと途切れがちなのは、ユーゴの話し方の癖ね。
これのせいで、ぼーっとしたイメージがもっと強くなるのよね。

ユーゴは吸血鬼のくせに、早寝早起きで血を吸わない、その代わり甘いお菓子が大好きなのよね。
気をつけてあげないと、ご飯は食べずにお菓子ばっかり食べているんだもの。

もう、人間に健康の心配をされちゃう吸血鬼って、一体なんなのよ。

「ユーゴ、いつまでそうやってひっついてるんだよ! 離れろって」

がしっ

「ふふ、そういうお前さんだってしっかり抱きついているじゃないか。油断も隙もないねえ」

すりっ

「……いいから、3人共、離れなさーい!!」

バリバリ、ドーン!!

私がおばあちゃんからもらったペンダントの力を発動させると、3人はもろとも廊下の隅まで吹き飛んで行った。

「う……、やっぱり、効くね」

「いててて〜」

「……おやつが、欲しかっただけなのに……」

ヘッドに、ペンタクル―――五芒星を象ったコインがついたペンダントは、おばあちゃんの形見の品。

身に着けた状態で私が危機を感じた時に強く祈ると、魔を祓ってくれる力をもっている。

本当は、みんな痛がるからあまり使いたくないんだけど、やっぱりペンダントの威力は抜群ね。

「さ、おやつは後回し! 屋根裏の掃除が終わってからね!」





「……よくもこれだけ集めたものだね」

屋根裏部屋に上がるなり、フロリアが呟いた。

「そうね、ロイって本当に犬みたいね」

「おい、俺は狼だぞ! 本当に犬って、なんだよ!」

「本当に、犬か……。ふふ、面白いフレーズだね」

「フロリア! てめえ、今鼻で笑っただろ!」

一触即発なフロリアとロイの間に、私は割って入った。

「はいはい、とにかく先にここを片付けるわよ!」

4人で作業をすれば、それだけ進みが早い。
最初は立っているのもやっとだったのに、10分もしないうちに、床には4人が座れるスペースが出来た。

それに比例してロイの顔がどんどん暗くなるのが可哀想で、私はなるべくロイの顔を見ないようにした。

「あ、この絵本はまだ綺麗ね。これは取っておこうか」

「おっ! いいのか、ありがとうな!」

ロイは絵本を受け取ると、大事そうに私があげた箱にしまった。

その横で、お経のように一定のリズムで同じ台詞が繰り返されている。

「いらない、いらない、いらない、いらない」

けだるい仕草で、フロリアは品物をよく確認もせずにゴミ袋の放り込んでいく。

「おい! てめー、かなたみたいに俺にちゃんと聞けよ!」

「ふう、面倒だね」

「俺とかなたの最初の約束で、捨てるかどうかは俺に聞くってことになってんだよ!」

「わかったよ、仕方ない。……これは?」

「いる」

「これは?」

「いる」

「これは?」

「いる……って、てめー、いるって言ってる側からどんどん捨てやがって!!」

「ああごめん、僕の種族の方言では『いる』は『捨てて』っていう意味なんでね」

「ふざけんな、嘘つくんじゃねーよ!!」

また喧嘩が始まった。
この2人は寄ると触るとこうなんだから、もう放っておくに限るわね。

……あれ、そういえばユーゴは……。

さっきから全然声が聞こえないみたけだけど、まさか糖分不足で倒れているんじゃないよね。

なんて、冗談……ユーゴなら本当にありそうで怖いけれど。

と、部屋の隅を見ると、さっきロイが箱に入れた絵本を真剣に読んでいる。

ちゃっかりさぼっているなんて、ユーゴらしいわね。

まあ、大分片付いてきたし、そこで大人しくしてくれるならいいかな。

私が作業に戻ろうとした時、ユーゴが、珍しく大きな声で私を呼んだ。

「……かなたさん!」

「ん、何?」

「ここに、桃は、ある?」

「今は時期はずれだもの、ないわよ」

「どこに、行けばあるんだ?」

「うーん、スーパーにもないだろうし……。もしかしたら高級な果物屋さんなら置いてるかもしれないけど。どうして?」

「助けに、いかないと」

「?」

「桃には、人間が閉じ込められて、いる。助けないと」

「……! あ、もしかして!」

私はユーゴが読んでいた本を取り上げた。

……案の定、それは『桃太郎』だった。

「大変、だよ……、早く助けてあげないと……」

泣きそうになるくらい真剣な目で訴えるユーゴに、これが作り話で、人間は桃の中には入れないことを説明するのは一苦労だった。

そんなこんなで、全てのがらくたを片付け終わるころには、もう夕飯の時間になっていた。




「腹減った! おお、今日はハンバーグか!! 大好物だぜ!」

ロイの尻尾が大きく左右に揺れる。よっぽど嬉しいのね。

「……おやつ、抜き、だった……」

ダイニングに並べられた夕食を前にして、淋しそうにユーゴが呟いた。

「ごめんね、明日のおやつは今日の分もあげるから」

「……今日のおやつは、なし、だった……」

「う……。でも、ここでおやつを出すと、ユーゴは夕飯を食べなくなっちゃうじゃない」

「……」

ああもう、そんな目で見ないでよ〜。

「お話し中悪いけど、これを見てくれるかい?」

フロリア、いいタイミングね!

「なに?」

「さっきあのがらくたに混じっていたんだけどね、これだけやけに綺麗だったから、もしかしてロイが拾ったものとは違うんじゃないかと思ってね」

「……ブローチ?」

手渡されたのは、さくらんぼの形をして、ピンク色のリボンをつけた可愛いブローチだった。
葉と枝の部分は銀でできていて、見は赤い石……たぶん、ガーネットで出来ている。

確かに、ロイが集めてきたものとは違って、傷一つない。

どこかで見たことあるような……。

「これって……あ!」

「君の物?」

「うん! そうよ、私の物! ありがとう、フロリア」

途端に私は上機嫌になり、ユーゴの前に今日おやつに出すはずだったストロベリーマフィンを置いた。

「今日は特別! 夕飯を食べる前でもおやつを食べていいわよ」

「ほんと……?」

「ユーゴだけ、ずるい! 俺にも何か特別をしてくれよ」

「じゃあ、私のハンバーグを一つあげるね」

「やったー!」

「おやおや子猫ちゃん、それを見つけた当人には、何のご褒美もないのかい?」

「あとで、好きなフルーツでフレッシュジュースを作ってあげるわ」

「それは嬉しいね。でも、キス一つくれた方がもっと嬉しいんだけどな」

「ふふ、それは却下」

笑って、私はその小さなさくらんぼを服の胸に着けた。
なくしたとばかり思っていたのに、屋根裏になんて落ちていたのね。

「それは君にとって、よっぽど大事な物なんだね」

穏やかに微笑んで、フロリアが言う。

「うん、これはね、まだ中学生だった頃、智哉君が誕生日にくれたものなの。お小遣いをためて、がんばって買ってくれたんだけど、いつの間にかなくしちゃってて……」

智哉君は笑って許してくれたけれど、本当は結構ショックだったんだと思う。
私だって、なくしたってわかった時には涙が止まらなくて、パパやママを困らせちゃったものね。

「うげっ、あのすまし眼鏡からのプレゼントかよ! そんなもん、着けるなよ」

「ちょっとロイ、智哉君に変なあだな付けないでよ」

「あーあ、智哉からのプレゼントか。見つけるんじゃなかったな」

「フロリアまで!」

「……かなたさん……」

もう、これでユーゴまで変なこと言うんじゃないでしょうね。

「さくらんぼ、食べたくなった……ある?」

「…………」

少しの間があって、ユーゴを覗く3人で一斉に笑った。

ピンポーン

チャイムの音を合図に、私達は笑うのをやめたけれど、その横でユーゴだけが意味がわからずぽかーんとしていて、その様子がまたおかしかった。

「かなたちゃん、いるかい?」

玄関のドアの向こうから、智哉君の声が聞こえる。

「やれやれ、噂をすればなんとやら」

「フロリア、智哉君と喧嘩しちゃダメよ」

「先輩の大好きな、フランボワーズのチーズタルトを買ってきましたよ!」

「げ、聖も来てるのかよ。面倒くせーな」

「ロイも、みんなと仲良くね」

「あたしもいるよー! 兄貴も連れてきたからね!」

「美琴と奏……も、か」

「ユーゴも、あからさまに美琴ちゃんと奏さんのこと怖がらないでよ!」

私は廊下を走り、玄関まで行くと、扉の向こうに声をかけた。

「はーい、今開けまーす」

今晩も、我が家は賑やかになりそうね……。


END
written by hiyo







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